ニホは、息子へのクリスマスプレゼントだった犬だ。今や高校生になった息子が3歳の頃の話である。
東京から八ヶ岳山麓に移り住んだ年の冬。自分たちの手で作り始めたログハウスも完成に近づいており、ぼちぼち犬を飼ってもいいかな、と思っていた。息子の名前が一歩だから犬はニホにしようと、名前だけは犬を選ぶ前から決めていた。
たまたま送られてきた個人売買情報雑誌を手にした僕は、そこに掲載されていた「ゴールデンレトリーバー メス 生後6ヶ月 3万円」の記事に目がとまり、格安料金にひかれて購入を決意した。
愛犬家の人々は「そんな選び方はダメだ!」と目くじらを立てるだろう。犬とつきあって十数年が経つ今なら、僕も間違いなく反対する。でもとにかく、僕とニホの縁はそこから生まれたのだ。それは紛れもない事実だし、きっかけはどうあれ、結果的にニホと出会えて本当によかったと、心から思っている。
ニホの引き取り場所は、大阪だった。普通は送ってもらったり、車で引き取りに行く方法を選ぶだろう。でも、僕はバックパッキングのスタイルで大阪へ行き、ニホと一緒に歩いたり、ヒッチハイクをしたり、テントを張って泊まったり……、つまりバックパッキングの旅をしながら八ヶ岳山麓の自宅まで帰ろうと考えた。対等な立場で歩いて寝泊まりするバックパッキングの旅をすれば、僕がどんな主人なのか犬は理解するだろうし、お互いの絆も深まると思ったのだ。
ニホは悪徳ブリーダーによって誕生し、売れ残ったゴールデンレトリーバーだった。尻尾は丸まった状態だし、痩せこけた体がどのような環境で生まれ育ったかを物語っていた。人に愛されたことがなく、檻に閉じ込められたまま生後6ヶ月まで育った不遇の犬だった。
ろくに運動をしていなかったニホを、いきなり長時間歩かせるのはよくない。獣医師からアドバイスを受けた僕は、阪急デパートに行って、ニホのためにベビーカーを購入した。
「犬を乗せやすいベビーカーが欲しいんですが……」
アホなことを言い出す客にもかかわらず、ベビー用品売り場の店員さんは「だったら、180 度近くリクライニングするこのモデルがいいんじゃないでしょうか」と、笑うことなく応対してくれた。
買ったばかりのベビーカーをニホはすぐに気に入った。抱き上げてベビーカーに乗せると、ずっとこうして育ってきたかのようにベビーカーに丸まって寛いだ。
これなら大丈夫。八ヶ岳まで旅ができる。
僕はベビーカーを押して、遥か彼方の八ヶ岳をめざして歩きはじめた。思えばこの日から『犬連れバックパッカー』の歴史がはじまったわけだ。
ちなみに、あのとき使ったベビーカーは、それから3年後に生まれた次男に受け継いだ。人間のお下がりを使う犬はいるだろうけど、犬のお下がりを使っている子供は、滅多にいないと思う。
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