ベビーカーに乗せたニホとともに、バックパッカーの僕は八ヶ岳山麓の自宅をめざした。
ベビーカーで寝転んでいるニホが起き出すと、ベビーカーから降ろして歩かせ、歩き疲れると再びベビーカーに乗せて歩く。そんなふうにのんびりと国道1号線の歩道を歩いた。
このとき、僕は周囲の風景をほとんど見てなかった。寝転んでいるニホばかり見ていたように思う。周囲の風景よりもニホを眺めているほうが数倍よかったし、眺めているだけで満ち足りた気持ちになれた。ベビーカーに赤ちゃんを乗せている母親の心境だったかもしれない。
このとき、今までのバックパッキングの旅ではありえないことが起きた。女子高校生たちが「キャーッ、カワイイ!」と駆け寄って来たのである。彼女たちの目には僕の姿はほとんど入っていない。自分が対象外であることはわかっていても、気分は悪くなかった。犬連れバックパッキングの旅をすれば、こういうおいしい出会いが待っているのかと、このとき悟った。
また、ニホが僕を主人と認めたのも、ベビーカーで移動した初日だった。
脅えた表情をしていたニホは、僕と出会ってから一度も吠えていなかった。何か買い物をしようとニホをコンビニの外に置いて、店内に入ったら、ニホが僕に向かって「ワン!ワン!」と吠えた。
うれしかった。初めて聞いたニホの声だった。僕が離れると、寂しいんだ。僕がそばにいてもらいたいんだとわかって、うれしくてたまらなかった。
しかし、こんな状況では買い物ができない。食事をしたくてもニホを外に置いておけない。どうしようかと悩んだ僕は、いいアイデアが浮かんだ。
ドライブスルーである。これなら店内に入る必要もないし、ベビーカーを押した状態でニホと一緒に注文と受け取りができる。
僕はドライブスルーのマクドナルドに入り、車の列に並んだ。後続の車からの視線を背中に感じる。でもニホと一緒なら少しも気にならなかった。
「ビッグマックとチキンナゲット」
マイクで注文してから反対側に歩き、注文の品を受け取った。僕らのような珍しいスタイルの客でも、マクドナルドの女の子は「お待たせしました」と、マニュアルどおりの受け答えしかしないのがおかしかった。
初めての旅の夜は、河原にテントを張って迎えた。
幸せな夜だった。ニホはテントに入るとすぐにうずくまって眠りについた。いつもは殺風景なテントの中なのに、幸せな空気に包まれていた。
単独行で自由に旅している僕は、ときに寂しさや不安を感じる夜もあるけれど、ニホが一緒なら、どんな夜も乗り越えられる。たとえ嵐だろうが、ニホと一緒ならへっちゃらだと思った。
その夜、僕はニホの穏やかな寝顔を肴に、自動販売機で買った缶ビールを痛飲した。
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