トップ >  暮らし・日常 > ドイツ流「散歩ノススメ」

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血圧の低い私は朝が苦手である。

だからよく犬に起こされる。

ベッドの脇にうちの犬はやってきて、冷たい鼻で私の顔をツンと突く。「来たな?!」と思いつつ向きを変えて寝続けると、相手もめげるもんかとさらに力強く鼻を布団にグリグリと押し付けて引っぺがそうとする。

それでも頑なに拒めば私が勝つことは分かっているので、長丁場になる前にとりあえず起きてやることにしている。覚悟を決めてエイヤっと身を起こし、身支度をして玄関に向かうまで犬はぴったりと私の後ろにつき、チャンスを逃すまいとストーカーのように狙っているのである。

正直言って散歩はただ「犬のため」と思うとかなり辛い課題だと思う。

犬を迎えた頃はそれでも犬とのコミュニケーションやその行動が面白くて誰でもウキウキしながら出掛けてゆくが、それも2年経てばだんだんマンネリ化が進み、仮に散歩係が子供の場合はもうすすんで散歩に行こうとしなくなる(私も子供の頃はそうだった)。そしてだんだん「あと何年」と一生を逆から数えられるようになり、犬にとってはトホホな状態に陥るのである。

私は大人になって自分で犬を飼い、そして幸いにも散歩の楽しみを習得した。

始めのうちはもちろん犬のための散歩であったが、次第に天気と付き合うようになり、そして草むらや森を選んで歩くうちに自然を感じるようになった。

晴れた日には澄んだ青空を眺め、雨の日には濡れた木々のコントラストに見とれ、朝日の中で輝く道端の花と暗闇の中に浮かび上がる家の明かり、新緑の芽吹きとそして雪の日の静けさ...毎日自分が住んでいる地域が愛しくなった。

散歩の途中ですれ違う人と笑顔で挨拶を交わし社会の潤滑油としての役目を果たしたり、考え事をしながらもくもくと歩くのもまたいい。そんな時犬は一緒に歩いても文句を言うわけでなく、時間があるときなど交差点ではとりあえずお互い顔を見合わせ「どっちにいく?」なんて行き当たりばったりの散歩も楽しめる。

綺麗な景色に出会うたび「犬がいてよかった」と散歩に出る必然性に感謝などしてみたりもする。

リードの反対側にいる犬は犬で、地面の情報収集に余念がないように見えるが、たぶんこいつも私と同じようなことを感じているのだろうなと何気に思うのだ。私の気持ちがイラついているときには犬もそれなりにすれ違う犬に敏感に反応してみたり、私がボーっとしているならば犬の歩き方も蛇行していたり。

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毎日の散歩を通して近所の自然を感じていると、いずれ夢は広がり愛犬と一緒に広大な自然の中に溶け込みたいと思うようになる。頭の中で勝手に北欧やらカナダやらアフリカやらの妄想を描いているのだ。

もしかするとドイツ人が犬を好きなのはまず自分の精神と体を開放し命に活力を与えてくれる自然の中を散歩するのが好きで、その際のお供に犬が最高だからなのかもしれない。

うん、これはきっと錯覚なんかじゃないと思う。

だから散歩が嫌いな人は犬を飼わない方がいい。

だって犬の方こそ散歩が大好きで、大きさに関わらず散歩のいらない犬なんてこの世には存在しないのだから。

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