トップ >  生態・行動 > 犬を犬として見てどこが悪い? (2) - 犬のあるがままを受け入れる

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水中サーチの訓練を受けているスタンダードプードル。プードルだって機会さえ与えられればこのとおり。何かを探すというのは、犬にとって擬似狩猟体験。

前回の続き。嗅覚の世界に生きる宇宙人 MOGURA とは違う生き物として、人間を人間として扱ってあげること。それが MOGURA と共に生きる人間の幸せにつながるのであれば、同じことが人間と共に生きる犬にもいえるだろう。

犬を犬として見なすことは、犬を見下すということではない。違いを認めるということであり、それは相手に対する敬意ですらある。しかし MOGURA が、人間という動物が何であるかを把握できなかったために、人間らしく扱えなかったということを考えると、犬を幸せにしてあげるためには、私たちも犬という動物が何かということをまず知る必要があるだろう。

犬という動物とは何か?の参考例

犬は狩猟をする食肉動物。何かを嗅覚で「探す」、そして「見つける」「捕まえる」「食べる」という達成感に満ちた生活を、オオカミの時代からつい最 近に至るまで何十万年も繰り返してきた。

現代の多くの飼い犬は「食べる」という部分だけ満たされて、その他はなおざりにされている。今のように完全に管理 された飼い犬になってからそんなに月日はたっていないのだから(生物進化の時間尺度からすると1万5000年前はそれほど昔のことではない)、犬は未だにそんな達成感を刺激として求めているはずだ。

「でも犬だって、上げ膳据え膳の方がいいだろう」と考えると、そこが擬人化となる。 MOGURA に管理された人間が視覚的刺激に飢えたように、犬も狩猟行為に飢えているはず。狩猟行為とはただ動物を殺すことではない。臭ったり、探したり、走るという という狩猟にいたるまでのプロセスが、犬にとっては面白いのだ。擬似狩猟体験として、災害救助訓練(臭って探す)、アジリティ(仲間と一緒に走る)、フラ イング・ディスク(逃げるものを追いかける)、トラッキング(足跡を追う)等のドッグスポーツを世界中で犬が楽しんでいることからも、理解できるだろう。

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テリアレースを楽しんでいるジャックラッセル。ジャックラッセルの性として、チェイスは、やめられないよね。

犬は人間のようにモラルや理性を持つ動物ではない。だからといって犬を見下す必要はないし、見下す態度がそもそも擬人化の始まり。犬をしつける時において、彼らにモラルがない事実を認識するのは大事。モラルがないのだから、犬が理解していないことについては、何をしていいのか、いけないのか、一から十まで学習を通してガイダンスを与えなければいけないということ。

つまり犬が悪いことをしたからって、むやみに叱るという行為も無意味。私たちが犬を叱るのは、無意識に犬のモラルに頼っている証拠でもある(但し罰 と陰性強化は区別すること)。犬にはモラルがないから、叱られても罪悪感が湧かない。結局反省というのもないから、叱ることによって行為が責められない。もし犬が悪いことをしたら、まず私たちの態度を見直してみるべきだろう。

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シェパードが警察犬として優れているのは、正義感に溢れたモラル精神を持っているからではない。猟欲に由来するシェパードという犬種の持つ独特の気の強さ、ファイト心を人間が世に役に立つよう上手に利用しているから。

犬を犬として見ることを否定する態度によって、無意味なそして間違ったしつけを施したり、彼らのニーズが見落とされてしまう。これが擬人化の一番怖 いところだ。もちろん私たちは人間だから、完全には擬人化を払拭できないかもしれない。しかしいかに愛犬に犬らしく、かつ人間と上手く暮らしてもらえるか、愛情ある飼い主としてこの答えを探す努力は決して怠ってはいけないと思うのだ。

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