[Photo from jordi.martorell]
19世紀の中頃になると、犬は使役目的よりも愛玩目的に飼われることが多くなった。人々は犬に手をかけるようになり、折りしもこの時代には医学における偉大な発見が相次いだことから、健康管理にも興味を持つようになり犬の食餌内容に少しずつ関心が高まってきた。
ドッグフードのパイオニア ~ジェームス・スプラット
世界最初のドッグフードが作られたのは約150年ほど前、アメリカ出身の機械技師ジェームス・スプラットがイギリス・ロンドンで考案した「Spratt's Patent Meat Fibrine Dog Cakes」であった。
その名の通り、小麦と甜菜・野菜に牛の血を混ぜ合わせて作ったクッキー型のこの商品が1860年に発売されたのを期に世界初のペットフード会社が誕生した。
これまでの長い間、家族の残飯を与えられていた犬への専用食ということで「贅沢品」と当初は言われたが、このスマートで簡便性の高いドッグフードの登場はまもなく「モダン」と人気を得て社会的地位を獲得し、都会に住む人たちのステータスシンボルとなったのだった。
1909年のスプラッツ社ポスター。[Photo from AllPosters]
しかしこの「簡易食を犬に与える快適さ」現象に対し発売当初から批判は続いた。
「ドッグビスケットは消化器官への詰まりと消化不良を引き起こし、皮膚病の原因となる」と獣医薬品会社のダニエルズ獣医師。「ドッグビスケットだけで犬を養うことは犬の体にとって究極のダイエットを強いることと同じだ」「おろした人参や細かく刻まれた生キャベツなどを肉と練り合わせたり、肉の煮汁に加熱された大量の野菜を混ぜるのは慢性的な空腹感を生む」、さらには世界で最初にX線診断法を犬に応用した獣医師のひとりガバット博士は「近頃は消化器官に詰まりを起こさせやすい食餌のせいで、犬に痔が増えてきている」とまで報告している。
それに対しスプラット側は「犬に生肉を与えると凶暴性が増す」「食卓の残飯は犬の消化能力を下げる」と反論し、折りしもビタミンの発見によりビタミンを添加されたドッグビスケットを「犬の健康管理責任の一部」として販売を拡大していったのだった。
余談:クラフツとスプラット
クラフツ(Crufts)と聞いて犬好きなら思い出すのが世界三大ドッグショーのひとつ、イギリスの「クラフツ・ドッグ・ショー」。
14歳のときから家業の宝石商を手伝い飽きが来ていたチャールズ・クラフツは、スプラットのアイデアに興味を示し、自らをマネージャーとして身を投じてスプラッツ社を大きく成長させた人物である。
そしてドッグフードの販売拡張を通し、ドッグショーの主催というアイデアを出した。
1878年にパリで開かれた展覧会の犬部門をドッグショーの第一回とし、その後1886年にはロンドンでテリア・ショーと続き、1891年から「クラフツ・ドッグ・ショー」として全犬種を扱い、現在では世界最大のドッグショーへと発展した。
このクラフツの影響によりヨーロッパにおいて純血種は頭数を増やし、そして犬種のスタンダードが規定され、犬達は容姿を競うようになった。
2008年のベスト・イン・ショー(最も優秀とされた犬)はジャイアント・シュナウザー。オーナーにとって感無量のタイトル獲得である。今ではショーの名前だけを受け継ぎ、主催はイギリスのケンネルクラブが。ショーのスポンサーであるドッグフード会社も取って代わっているのが時代の流れを感じさせる。[Photo from Crufts]
日本初のドッグフード
日本で最初のドッグフードは1960年に発売された「ビタワン」。戦時中にアメリカではすでに常用となっていたドッグフードが米軍により日本に持ち込まれ、それに影響されて作られたといわれる。当時は人間の主食を扱うお米屋さんで販売され、「犬の主食」というイメージを作ろうとしていた。
ビタワンの登場は高度経済成長の勢いと家庭内での犬の地位向上の波に乗り、贅沢品というイメージを伴いつつも着実に販売を広めていった。そしてイギリスでの発売当時と同じように飼い主の意識はいつしか「残飯」よりも「モダンなフード」をかわいい愛犬たちへ与えるように傾いていった。
私にとってはなつかしのビタワン・デザイン。田舎にゆけばいまだに琺瑯の看板を見かけることもある。[Photo from y2mi32]
とまあ、こう書いてしまうと犬の歴史の中でドッグフードの食生活がいかに短いものであるかよく分かる。
現実的なドッグフードの普及は本国イギリスで120年、日本でせいぜい30-40年といったところか。昔の残飯に比べビタミンやミネラルが充分すぎるほど補給されるドッグフードのお陰で、犬達はビタミン不足で死ぬことはなくなり、寿命が延びたのはたしかである。
【関連記事】







こんばんは。
知られざるドッグフードの歴史、興味深く拝見しました。
当時の獣医師の指摘は現在も言われていることを考えると、当初からある程度の無理は承知、というところでしょうか。
しかし痔とは。犬も苦労してるんですね。
気になった件が一つ。
生肉と凶暴性の関連はナンセンスとしても、ではどこまで遡れるかということ。
通っていた犬の保育園では、噛み犬を造るのは、血の味だ、と言われました。
まあ、噛んだシチュエーションと食感、味、血の匂いなどいくつもの要因が重なって引き起こされるものでしょうが、タイの虎を保護している寺院でも徹底的に与える鶏の骨を取り除き、血の味が消えるまでゆであげることを考えると、あながち間違った考え方とも言えないのかしら?
あ、でも勇猛で優秀な猟犬ほど穏やかとも言うし、そもそも大型ネコと比べることが間違ったこととは思いますが・・・本当のところはどうなんでしょうか??
投稿: rio | 2008/11/15 03:39
いつも興味深く読ませて頂いていますが
今回も「ほ〜ほ〜」を連発しながら拝読しました。
世界初のドッグフード、会社はイギリスながら
考えたのはやっぱりアメリカ人ですね(笑)
「これさえ食べていれば栄養は完璧!」ってアメリカ人大好きですものね。
それにしてもスプラッツ社のポスターお洒落ですね〜。
ロートレックを思わせる雰囲気でインテリアに欲しくなります。
でもビタワンのデザインも配色と言い、犬のイラストと言い
これまた素晴らしいセンスだと思います。
今見てもちっとも古くさくないですもんね。
投稿: あが | 2008/11/15 14:14
みなさん、いつもコメントをありがとうございます!
>rioさん
面白いでしょう?昔も今も言っていることはたいして変わらず、そこにはメーカーと獣医の意見の見解の差があるわけです。
スプラッツがドッグフードを発想したきっかけに、波止場で船乗りが犬に乾パンを与えていたのを見たという話があり、たしかにこれまでの食餌と違ったかなりの乾燥物を食べる習慣は、充分に水分補給などが出来ないと便秘や痔になりそう、と私も感覚的に感じました。
噛み犬と血の関係は私も考察してみたことがあります。
私の考えでは、血を含む生肉を与えると「凶暴」になるのではなく、まず犬はその肉の味を格別なものとして他に譲りたくない感覚に襲われること、それから血と肉に含まれる栄養成分により体が活性化されること(つまりは滋養強壮の意味で)、そして元々優勢行動の強い固体ではさらにそれらが助長されるのではないかと思うのです。
単純に血と獲物を結びつけることも出来ますが、それは元々個体が持っている本能的な、潜在意識としてどうしても残りますから、タイの寺院のトラでは逆に鶏肉を与える側の僧侶に血の臭いを残さないということの方が意味があるのではないかと思います。
個人的な見解ですが、どうでしょうか?(笑)
>あがさん
こうして読んでみると、たしかにアメリカ的な発想ですね。(笑)
その後その時代時代で焦点が変わり、現在でも発展し続けている商品です。
ご紹介したポスターは1909年にパリで使われたもの、アールヌーボーっぽさが残ったステキなポスターですよね。
私もビタワンのデザイン好きなんですよ、とてもすっきりしてて、無駄がなくて、そしてちょっと懐かしい...
今じゃどのパッケージ見ても結構コテコテしてて、さらには宣伝文句ばかりが目立ってて、中身がぜんぜん見えてこないものが多いですから。
投稿: 京子アルシャー | 2008/11/17 19:16
ああ、やっと時間ができました。
まとめ読み中です。いつのまにかマーティンゆうさんも加わられてるし。(今頃気づいた)
rioさんと同じ質問を、私も受けたことがあります。
我が家から出したグローネンの子犬を飼ってる御家族から、「近所で鶏を飼育しているお宅があるから、生の鶏肉はやらない方がいいのではないか?」と訊かれたのです。
超の付く、ど田舎なので、ノーリードのその子はときどき鶏小屋の前で鶏たちを見ていることがあるのだそうです。
もし一度鶏を捕まえ、食べておいしかったら、味をしめて襲うようになるかもしれないが、飼い主から自分の器に入れてもらった鶏肉と、近所の鶏小屋でコッココッコ歩き回っている鶏を結びつけて襲うことはないでしょう、と答えておきましたが・・・
それで良かったかしら?
グローネンはあんまり狩猟欲はないですし。
ビタワン、始祖ですね。
以前もお話ししたかと思いますが、私が初めてジャーマンを飼った頃は、犬は人間の残り物を食べる、というのが当たり前の時代でしたので、明けても暮れても、鍋いっぱいの鶏の頭に、人間の残りを混ぜたものを、冷めるのも待たずに、はふはふ言いながら食べてました。(栄養バランスなんて考えてませんとも!)
ある時、店でビタワンを見つけ、親に頼み込んでワクワクしながら買ってもらったことがありましたが・・・
ひとくちも食べてくれませんでした。
大袋だったのに(涙)
ちなみに、犬用ガムも全然噛んでくれず、「犬は、犬用に作られた食べ物は食べないのだ」という概念が子供心に出来上がったものです。
長いコメントのわりに、どーでもいい内容でゴメンナサイ^^;
投稿: ハニフラ | 2008/11/18 23:30
>ハニフラさん
お疲れ様でございます。
私もようやくコメントのレスに着手できる状態になりました。(ちと遅すぎやしないか?)
犬って、そこまで馬鹿ではないと思うんですけど...どうでしょう?
仔犬の場合にはいろんなものに興味を示しますから、鶏とだって遊んでみたかったことでしょう。その勢いで傷つけちゃうことはあるでしょうけど、どこまで狩猟が成功するか?これも本能だけではなく修行を必要としますからねぇ。(笑)
羊飼いの犬が羊肉を食べて羊を殺してしまうとなると仕事になりませんし、かといって羊飼いだって羊を食べていたでしょうし。
レトリーバーだって獲物のおすそ分けはもらいつつも、自分でレトリーブしてきた獲物をその場で食っちゃうことなんてないでしょう?
でも犬は教えればナニを食べてよくてナニがダメであることくらい習得しますよ。
そこが猫科の動物とは違うところだと思います。
うちの実家で昔(30年位前)飼っていた犬はビタワン食べてました。ビタワンに仏壇から下げた昨日のご飯と魚のアラと味噌汁というゴールデンメニューでしたよ。
いつもアツアツのをふはふは言いながら美味しそうに平らげていました、犬が(と勘違いのないように一応言っておきましょう)。
それが今のボダイじゃぁ、全くえらい違いですな。(^^;)
ドッグフードを食べものと思ってない風な...
投稿: 京子アルシャー | 2008/11/21 06:51