ポーランドの古都、クラクフにて。ここは東ヨーロッパのパリともいわれ、芸術がさかん。街のマーケットスクエアでプードルに出会う。
東欧はポーランドに行ってきた。そこの犬事情を伝えたいと思ったのだが、それをプードルを通して行ってみたい。なぜなら、この犬種こそ世界でもっとも普遍的な家庭犬の一種であり、かつ不動の地位を占めるショードッグ。プードル事情を知ることで、西側の犬世界との比較がしやすくなると思ったのだ。
ショードッグ世界に関していうと、現在のポーランドのプードルの質は非常に高い。インターナショナルドッグショーで上位に入賞してくるのが、ポーランド産のプードルというのは珍しいことではない。
ただし、そんなに質の良いプードルを作っていながら不思議なことに、この国にはプードルがあまりいない。ケネルクラブに登録されていない犬を含めても、そ の数は全部で500頭ぐらい。3,000頭が出場しているインターナショナルドッグショーを訪れた時も、50頭そこそこだ。たとえば、同じ大陸ヨーロッパ でもフィンランドのショーだったら200頭はエントリーしてくる。
数は少ないけれどポーランドのプードルの質は非常にいい、とポーランドのショー・ジャッジ、アンドレイ・カジュメシュキ氏(写真中央)は語ってくれた。写真はミニチュアプードル。
しかし、ポーランドのプードルは時代を通してずっと、無名だったというわけではない。実は70年代に、プードル大全盛期というものがあった。そう、時は共産主義の頃。ここでちょっとポーランドの社会的背景を。ポーランドは、人口約3,860万人。面積は日本とほぼ同じ。1947年から1990年まで旧ソ連 のモデルに従って共産主義の社会体制を取っていた。多くの人々は家の庭にたいてい小さな畑を持ち、そこで食べるものを耕し、鶏を飼うなど、自給自足の生活 を強いられていたようだ。西側のように、モノに溢れる、ということは決してなかった。ポーランド・プードル・クラブの会長カロル・グラボウスキー氏曰く、
「あの頃、社会のムードは概して、鬱でグレーだった」
そんな時代だったから、プードルはペットとしてポーランドで大人気を博したそうだ。プードルの屈託のない太陽のような明るさは、政府から押さえつけられて いた人々の絶望的な気持ちを一瞬解き放ち、喜びをもたらしてくれた。猫も杓子もプードルを飼っていた状態、とある人は語ってくれた。
今、プードルにこだわり続ける愛好家は比較的高年齢層の人々に占められている。即ち70年代を経験している人がほとんどだ。
「今の若い人たちにはね、プードルってオバサンに連れられ、変てこなヘアスタイルを施されたすごく『頭の悪い犬』っていう偏見があるわ。だけど、プードルぐらい多才で頭のいい犬っていないじゃない?」
とはポーランドのプードル愛好家達の声だ。
ところは変わって、ここはバルト海に面した港街、グダンスク。ユネスコ世界遺産に暫定登録されている。おばちゃんに連れられたプードルをよく見る。
現在ポーランドで若い人々に人気があるのは、ブル系の犬。ロットワイラーとかアメリカン・スタッフォードシャーテリア等。人々の犬に対する意識が、70年代と大きく変わっていることをポーランドのショー・ジャッジ、アンドレイ・カジュメシュキ氏は指摘する。
「自由主義の世になって、プードルの明るさを求める必要がなくなちゃったんだな。それよりも、自分を防衛する、守ってもらいたい、という意味で人々が犬を飼うようになっているんだ」
それは戦後の西側諸国とて同様だ。当時シェパードが非常に流行った。しかし、今はというと、チワワ、トイプードルなど愛玩犬ブームの波が西側ヨーロッパに押し寄せつつある。
EUに加盟するなど、ポーランドは今急ピッチで経済を立て直している。数年たって、人々の生活にもっとゆとりが出てきて、仕事よりももっと家庭の方に目を 向けるようになるときがくれば、おそらく共産主義時代とは別の意味でのプードル・ブーム再来、なんてこともあるかもしれない。





まず一点、クラクフは第二次世界大戦では全く破壊されていません。
次に、グダニスクは世界遺産に暫定登録されていますが正式登録されていません。
最後に、1970年代初頭はポーランドは好景気で人々に生活のゆとりができたためプードルが流行りました。社会主義時代のポーランドの経済が停滞したのはオイルショック以降です。
投稿: ぴっちゃん | 2008/11/26 12:54
ぴっちゃんさんへ
ご丁寧な指摘どうもありがとうございました。おかげで勉強になりました。たしかにクラクフは破壊されていないようですね。私が訪れたときに、ガイドをしてくれた友人が、「これも、あれも、どの建物も、Reconstructionなんだ」と教えてくれたのを、私が勝手に破壊と解釈したのかもしれません。たぶんナチスによって、文化財はかなり壊されたので、そのReconstructionを意味していたのでしょう。
というわけで、キャプションの文はこれから書き換えておきます。
それからプードルと共産主義、そしてオイルショックの話についても、ありがとうございました。ただし、私が実際幾人かのポーランド人の口から聞いた言葉なので、あれはあのまま記事中に活かしておきます。たぶん、今のポーランド人からみると、そういう風な印象を持って話さずにはいられなかったのじゃないかな。
よい一日を!
ふじた
投稿: ふじた | 2008/11/26 17:29