[Photo from Peter Meade]
ポロ会場でのダルメシアンと女性選手。
スペンサーの死後、次の候補の犬を探すことがなんとなく億劫になってしまった私は、毎日、大学の勉強に明け暮れる日々に戻った。
また次の犬を探そう、そう思えるようになったのは、周囲にいた犬と人のおかげだった。
私の親友、イギリス人のタニヤは、同じ大学でやはり馬科学を専攻し、自動車修理工のダニーと、犬と猫と馬と一緒に暮らしていた。純アラブ馬のジオ、しましま猫のピーカブー、雑種犬のラスカとジャーマンシェパードのヘイディ。そしてもう亡くなってしまった1頭のグレイハウンド。彼女の犬は全て、レスキューの出身だった。
上はウェールズ、下はスコットランドを旅行中のラスカとヘイディ。イギリスは犬や馬を連れての旅行がしやすい。
そして同じ大学でアニマルサイエンスを学んでいたスペイン人の友達、ハビは、ボーダーコリーのガズとジャーマンシェパードのヴォッカを飼っていた。やはりどちらもレスキューの出身で、ハビは卒業後に地元のレスキューセンターに就職した。
タニヤにもハビにも、周囲の人達にも、教わることはとても多かった。私は日本で生まれ育ったので、犬に対しても馬に対しても、やはり日本流の考え方を強くもっていたのだろう。みんなの意見や行動は、私の固定観念を打ち砕き、本当に動物を大事にするってどういうことなのか、犬が好きって言えることがどういうことなのか、深く考えさせてくれた。
犬も人も自然に集まった。一番左にいるのがガズ。
馬に関係する人は特に犬がそばにいることを好み、例え学生でも犬を飼っていることが多かった。
大学は900エーカー(360ヘクタール、皇居の2倍以上)という広大なキャンパスを持っていたので、犬が遊ぶ場所に困ることはなかった。むしろ犬にとって楽しい場所だったので、皆、犬を連れてきていて、授業の合間に遊ばせた。
先生たちの多くも、ボーダーコリーやダルメシアン、スタッフォードシャーブルテリア、ジャックラッセルテリアなどを引き連れていた。学校の敷地内では誰もリードをつけていなかったが、どの犬も飼い主を熱心に見つめ、磁石のように引き寄せられていた。そして走っても走っても端に辿り着かない草原を駆け回り、飛んで、跳ねて、芝生の上をゴロゴロところげ回っていた。
犬は嬉しくて笑っていたし、どの飼い主も、自分の犬を誇らしげに見つめて、やはりニッコリしていた。遠くには羊や牛の群れが草を食んでいたし、馬に乗ってハッキング(馬場を出て野外での乗馬)をしている人がみえた。なんて平和で幸せな光景かと思った。
大学の敷地は様々なスポーツの試合会場になることも多く、本当は、サッカーもラグビーも馬術も、もちろん犬も、みんな草の上で楽しむものなんだ、とよく実感した。
私の学年には電動車椅子で動かなければならないハンディを負った生徒がいた。その子は黒いラブラドールの介助犬を連れていた。ヘルパードッグのお仕事の邪魔をしてはいけないと思いつつも、その子がクラスにいた時は、その子の少し後ろに座って、介助犬の観察をしていた。目立つように、蛍光色のラグを着た真っ黒いその犬は、授業中は横になって、ひたすら寝ていた。時々イビキをかいて、皆に和やかな笑いをもたらした。
みんなの犬が、また犬を迎えようという気持ちに勇気をくれた。みんなの犬というより、みんなのように、犬と人の幸せな関係を自分も作りたいと強く思ったのかもしれない。
久しぶりに訪れた DOGS TRUST で、スタッフとひとしきり、スペンサーについて語り合った後で、私はまた犬舎をグルグルと周った。出会った犬はまたしてもラーチャー、ブリンドルカラーのルーニーだった。
しかしながらルーニーは体格も大きく、他の犬に攻撃的で、よく吠える為、決断はできなかった。吠えれば近所の迷惑になるし、自分に扱えるかどうかも自信がない、それに私の生活は他の犬や家畜に会う機会が多かったのでルーニーを選ぶ事はなかなかできなかった。
このような問題行動で、長年、DOGS TRUSTに住んでいた為、ルーニーもスペンサーと同じく、フォスタードッグ(生涯の医療費等を DOGS TRUST が負担)に認定されていた。
「誰もルーニーを欲しがらなかったんだ……。」とニックは言った。
草ドッグショーの合間に歩き、「家族募集」の宣伝お仕事中のルーニー。
何度も言うが、レスキューには決して病気の犬や問題行動がある犬だけがいるわけではない。たまたま私がそういう犬を選んだだけで、健康で従順で、何の問題もないのに、不運にも飼い主に恵まれなかった犬もたくさんいる。
今、日本は、国の試みとして、いわゆる保健所での殺処分を減らし、収容施設を改善し、譲渡数を増やすということにようやく着手をし始めている。その補助金として、国から1億円の予算が計上されたという。たった1億円、されど1億円。大きな一歩なのだと思う。
恥ずかしながらも私は日本でそういう活動に参加しているわけでもなく、下手なことは言えないけれど、「まったく日本の犬と人は!」と愚痴る一方で、10年後、20年後、100年後の日本に、実はとても期待している。
それでは良いお年を!
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イギリスの大学では犬を連れてきている人が多いんですね・・・素敵な光景なんでしょうね。
最初から読んでいるのですが、いつも次が楽しみです。
また、次の記事も規模を長くして待っております。新木さまもどうぞ良いお年を・・・
また来年も楽しいお話に期待しています。
投稿: Tinako/Yoko | 2008/12/27 10:08
Tinakoさんいつもコメントありがとうございます。そしてお話を楽しみにしてくれてありがとうございます。
私の学校が、もともと動物がたくさんいる学校だったからだと思います。普通の大学ではちょっと無理かもしれません。
イベントになると、青空オーケストラなどが入ったりして、とてもにぎやかになります。
でもやっぱり犬が一番喜ぶ散歩場所は、野兎のいる自然の丘でしたね。
それではまた来年!
投稿: Mie Shinki | 2008/12/27 23:50
新木さま。あけましておめでとうございます。
今年も記事を楽しみにしております。
それにしても何度見ても画像の草の緑色がフレーッシュ!
で、話は飛んで、小学校のグランドを芝生化してほしいといつも思います。
日本の芝生は堅いけれど、ガチガチの赤土よりはマシじゃないかしらと。
日本は犬を飼う環境以前に子供が育つ環境としても首をひねりたくなることばかり。
でも、その分、将来に期待すればいいのですよね。
最後の前向きな一文に救われました。
投稿: ノナ | 2009/01/08 15:22
ノナさん
あけましておめでとうございます!
つたない記事ですが、今年もよろしくお願いいたします!
グラウンドの芝生化、どこかの地域は着手しているようですね?
ただ、日本の気候は芝生には難しいかなーとも思ってます。
イギリスに生えてる芝生は、軟らかくて細いんですよね。踏み心地もまったく違う、だから気持ちいい。夏がそこまで暑くならず、冬に適度な雨があるから、冬でも緑のままで芝生が育つのだと思います。
それから、公園に税金がたくさん投入されているように思われます。手入れをかなりきちんとやっているので。綺麗な芝生は、のびすぎないうちに定期的に刈って、刈ったものは全て収集し、肥料もまく、と芝生にかなり力を入れているように思えます。というか、それが自然に「やるべきこと」と浸透しているのでしょうね。
例えば日本の代々木公園などだと、手入れが行き届かず、枝は伸び放題だし、芝生(というか雑草?)も、のびたらしょうがなく刈るという感じで、刈った草もそのまま残していってしまうんですよね。見た目にも汚らしい。冬は黄色になってしまうし、アメリカ系の芝生を混ぜるので、芝生も太くて固い。下の地面ももともと固いし、すぐ剥げてしまう、、、
子供が育つ環境ですか。どちらの国でも子育てをしたことがないのでわかりませんが、小さいうちの教育はイギリスも賛否両論ありそうです。
それでもなんとなく、今の日本は犬の権利がどうとかいうよりも、人権という言葉もそこまで浸透していないように思えることが多々ありますね。rightという言葉は人類的にもまだ新しい言葉なのでしょうかね。
投稿: Mie Shinki | 2009/01/09 17:58