庭と言っても良かった、コッツウォルズの Crickley Hill 公園でのレディ。夕方になるとたくさんのウサギが穴から顔を出し、我らが狩り犬は生き生きと走り回る。気がつくと何匹もヘアやラビットを捕まえてしまう。
さて、犬初心者として、レディを家に連れ帰った私は、最初の頃は「程度」というものがよくわからず、数々の失敗をすることになる。しかしレディは犬として既に推定6年生きていたので、私の失敗を補い、色々なことを教えてくれた。成犬を引き取ることは思った以上に色々なアドバンテージがある。
レディは家に入ると、家の1階を一通り見て周り、ソファの下で腰を下ろした。私が2階に上がると、2階にやってきて、私の足元で腰を下ろした。適当な時間に、家の隣の隣にある公園に散歩に行った。レディは既に、トイレを外ですることを知っていたので、散歩や庭で用を足した。またレディは、お座りやお手、おかわり、伏せ、待て、などの簡単な躾も入っていて、いたずらや粗相はしなかった。狼爪も幼い頃に除去した痕があった。
家庭犬にしろ使役犬にしろ、誰かがこの犬をこの世に誕生させ、誰かが途中まではきちんと育てていただろうことは確かだった。ただ、レディの頭にある傷と、胴回りにある三角形の大きな傷跡が、容易く生きてきたわけではなかっただろうことを物語っていた。
毛並みを良くするのは時間がかかった。私は DOGS TRUST にもらった首輪を1日中ずっと付けっ放しにしてしまい、それを気にしてレディが掻き毟った為、首にハゲを作ってしまったこともあった。
夜がやって来た。私は私の中で、「人間と犬は寝る場所を別にすべきである」と思い込んでいた。だから私は寝室で、レディは犬小屋に変わる場所・・・ドアが閉まる広くない場所・・・。なんと私は台所を選んでしまった。
台所のタイルの上にレディのベッドを敷き、おやすみと言いドアを閉め、私は2階に上がった。
するとレディは寂しがり、クンクンと鳴き始め、ドアをカリカリカリカリし始めたのだ。うーん困ったと階下に下りていき、台所のドアを開けると、嬉しがったレディが飛びついた。ここでいいこにしているんだよ、と諭し、また私は2階に上がる。横になると、レディがカリカリカリカリする音が聞こえてくる。また下に行く。また上がる。何度か繰り返して、私は折れた。
今日だけだよ?と私のベッドの下にレディのベッドを置いた。疲れていたのだろう、レディは安心して丸くなり、すぐにスヤスヤと眠り始めた。結局、レディはこの後もずっと、私のベッドの下で眠ることとなる。
夜中、気配を感じて私は目を覚ました。ふと横をみると、暗闇の中で、レディが立ち上がり、私を見ていたのだ。
なんとなくおかしな感じだった。私はレディのことはまだよくわからない、もしかして、噛み付いたりしようとしているのではないだろうか。少しヒヤリとしながらも、動かないようにした。
レディは静止したまま、私をじっと見ていた。時折、鼻をヒクヒクさせて、匂いも嗅いでいた。
レディは、私がそこにちゃんといることを、確認していたのだ。
犬は人間の言葉を喋らない。レディがその時、暗闇の中で、本当は何を思っていたのか、誰にもわからない。でもなんとなく私は、あの時レディは、自分がこれから一生を共にする魂の伴侶が、自分の側にいるかどうか確認して、もうひとりぼっちではないのだ、もう誰も自分から去っていかないのだと、安心したかったのではないかと思っている。
レディの過去は未だ謎であるが、母犬と離れ、兄妹犬と離れ、主人と敬い、例え自分を捨てたとしても愛した人間と離れた過去が、それぞれ1回ずつあることには間違いなかったからだ。
レディはその後、また丸くなってスヤスヤ眠り始めた。私も深い眠りについた。夜中に視線を感じることは、それ以降一度もなかった。
レディが来た当初の家の庭はタイル張りだったが、芝生の庭のある家に引っ越した時は人も犬もどんなに喜んだことか。
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最近の早朝散歩は、1時間かけている。AM3:30〜4:00出発。まだ真っ暗だ。コースはほぼ決まっている。最近は、今までほとんど行っていない、ベストコースを見つける。我がダウンタウンを抜け、幹線道路をまっすぐ進み、谷町方面へと向かう。ここは、日赤(病院)を中心に...... [続きを読む]
受信: 2009/02/28 10:09





いつも、犬と暮らすのに最高の環境のお写真を拝見し、犬との関わり方が根本的に違っている様子を伺って、うらやましさにため息をついていました。
今日のレディちゃんのお話、不覚にも職場で目を潤ませてしまいました。
犬に深い感情や思考力なんてないと言う人達に、読んでもらいたいです。
(一番下のお写真、手前にリスのような影が見えますが、置物ですか?それともお客さまですか?^^)
投稿: ハニフラ | 2009/02/07 12:53
うちにもシェルターから来た犬が2匹いるので我が事のように胸にジンと来ました。
レディさんがどんな気持ちで新木さんのことを見つめていたか想像するしかありませんが、きっと「もうどこへも行かない。行かなくていい。」と安堵の気持ちがあったことは確かだと思います。
ところでさらっと書かれていますが「気がつくと何匹もヘアやラビットをつかまえてしまう」というくだりに「おおっ!」でした(笑)
我が家の2匹は無駄に走り回るばかりでいつもリスやウサギにバカにされているものですから。
投稿: あが | 2009/02/07 14:09
ハニフラさん
こんばんは!コメントありがとうございます。
ハニフラさんも、豊かな場所にお住まいのようにブログの写真から思えます。
全く私は恵まれた環境にいたと思います。でも04年に日本に戻ったら、今度は私が羨ましさでため息をつくほうになってしまいました 涙
お話のこと、そう要って貰えるととても嬉しいです。海より深い感情が、彼らにはありますよね。
リスは置物です。庭にはリスは来なかったのですが、クロツグミがよく来て、レディが庭からイソイソと上がってきて、大急ぎで階段を登っていったと思ったら、なんと私の枕元に死んだクロツグミをプレゼントしてくれていたことがあります・・・。あの時の大喜びの笑顔は忘れがたいです 笑
ところで最近イギリスは外来のリスが増えすぎて、捕まえて食べようという流れになってます。私は食べたことはないのですが、割りと美味しいそうです。
あがさん
こんばんは。コメントありがとうございます!
そう言ってもらえると、とても嬉しいです。
もしそうやって、里親となった人たちがみんな、自分の犬に重ね合わせて、思いを馳せてくれたら、そんなに嬉しいことはありません。もちろん、子犬から飼った人も、犬を飼う全ての人が、その自分の愛犬がどれだけ飼い主を頼っているか、どれだけ信頼して、どれだけ命を預けているかっていうことを実感してもらえればとても嬉しく思います。
そうなんですよ。わりと軽く捕まえてしまいますね。施設からはウィペットと言われたものの、外見や毛の長さが完全なウィペットとは言えないので、今のところ、使役としてラーチャー的犬だった予想です。日本でも、公園のネズミ、捨てられて野生化したウサギなど、一発で場所によってはちょっと困ります・・・。
リスは木に登ってしまいますから、難しいですよね。リスはうちも木の周りでグルグルしてしまうことも多々ありました。ウサギは性質からか、立ち止まることが多いのと、なぜか巣穴の近くにいるのにその巣穴に逃げないで遠くの巣穴に入ろうとしたりして、そのあたりがチャンスのようです。
どちらにしろ、捕まえてもファーマーに譲るだけなので、捕まえないで走り回るくらいで丁度良いのかもしれません~
投稿: しんき | 2009/02/07 23:06
初めまして。毎回コッツウォルズの風景に溜息が出ます。素敵なところですね、いつか訪ねてみたいって見る度に思います。私は、ウィーンの街中で夫と娘とイタグレと暮らしています。
夜中にじっと新木さんを見てたって、嬉しかったんでしょうね。
その気持ちを思うと、本当に良かったって私も泣けてしまいます。
投稿: miniwindi | 2009/02/08 05:55
miniwindiさん
こんばんは!コメントありがとうございます。
今ちょうどアマデウスのDVDを見ていたところです。
おととしミュンヘンに行った時、ザルツブルグまでは足を伸ばしたのですが、ウィーンには寄れませんでした。ウィーンでスペイン乗馬学校を見たかったのですが・・・。
オーストリアはイタグレは多いのですか?イギリスにはイタグレって滅多にいないのです。不思議ですね。
いつか絶対コッツウォルズを訪れてみてください。オーストリアからならペットパスポートで簡単に犬も入国できるのかな?ドイツやオーストリアほど、どこも犬が入れるわけではないですが、絶対に犬連れ旅がいいですよね。
夜中のあの光景は、今もありありと思い出されます。本当に印象的でした。後々話しに出てきますが、レディは日本に来たことで、とても苦労しました。その点は引き取ったことは私の中で大きな後悔になってします。でも、一生レディが快適に過ごせるよう、ベストを尽くすつもりです。
投稿: 新木美絵 | 2009/02/08 23:30
なんて美しい景色だろう、犬と自然がとけ込んで画面を見るだけで涙があふれそうになります。
そして、夜に新木さんを見つめていたレディのお話で、涙は溢れ出てきてしまいました。
私は以前ボランティアさんのお手伝いで何度かレスキューの犬を預かったことがあるのですが最初に預かった子は、ほんの何週間か我が家で暮らしただけで、私のことを「おかあさん」と思ってくれていたらしく、里親会に参加させるためにボランティアさんがお迎えにきてくれたときに、一人では車に乗りたがらず、乗せられてからも「おかあさんも一緒でしょ」と私から目を離さなかったことが忘れられません。前の家からは飼い主さんを振り向きもせずに連れてこられたという話しだったのに。
「抱っこが嫌い」「愛想がない」と言われていたその子は、我が家では私や主人にでれでれと甘え、12キロもあるのに抱っこをせがみ、遊ぼうよサインを我が家の犬よりも私にして笑わせてくれたものでした。
幸いなことに、その里親会でスタッフのお一人に気に入られ、今は女王様のような暮らしをしているそうです(笑)
一生一緒にいられる家族を得られることが、犬にとっては何にも代え難い幸せなことなんでしょうね。
レディと新木さんのこれからの物語、楽しみにしています。
投稿: むつき | 2009/02/14 03:11
むつきさん
コメントありがとうございます!
そう言ってもらえると本当に嬉しいです。
この公園は眺めもすごくよくて、とても気持ちいいのです。
コッツウォルズにはこういう丘が山ほどあって、どこもパブリックフットパス(遊歩道)があるので散歩に困りません。
馬の調教も、こういう丘で全部やってしまうくらいです。
うーん、その里親の話も泣けますね。今までの分も、いっぱい女王様してくれるといいですね!!!
私もよく思うのですが、レスキュー内でスタッフが見る犬の感じと、家庭での犬の感じは全然違うことが多いですよね。やっぱりどの犬も、一刻も早く、あたたかいHOMEが見つかることを願ってます。そういう意味で、ずっとレスキューで暮らさねばならなかったスペンサーや、もう里親の家に出せないと決められた犬たちは、状況によってはとても不憫だったなあと思っています。
今も時々、レディに尋ねてみるのですが。どういうおうちで生まれたの?お母さんは何色だった?兄妹はみんなまだ生きているのかな?って。
投稿: 新木美絵 | 2009/02/14 23:55
この「夜中に見つめる目」の一文は、一読して、目頭が熱くなり感動しました。この一文を自分なりに記憶にとどめておきたいたいと思い、要約を私のブログに…と思ったのですが、私なりのコメントつきで、気が付いたら全文を載せていました。レディも「まあ、いいだろう」と許してくれますよね?。1992年夏に、成田からイスラエルのヒースロー空港へへ向かったとき、機体整備のトラブルで、イギリスのヒースロー空港近くのホテルに一泊しただけの私ですが、英国は犬のいのちへの倫理観が高い国だったんですね。上空から見た英国のグリーの美しい地表風景を、今も鮮明に覚えています。
投稿: John F Cross | 2009/02/16 00:22
初めまして。
いつも楽しみにして拝見しております。
目は口ほどにものを言う、とはこのことですね。
レスキューされた犬は心に傷を負っているものも少なくはないと思いますが、レディちゃんの哀しみは新木さんによって癒されていったのですね。
我が家にも昔ひきとり犬がいましたが、なつきはしたものの最後まで、薄皮一枚隔て、屈託なく馴染むということなくこの世を去りました。
憂いを帯びた目が今でも焼きついて離れません。
幸せだったと思ってくれているといいのですが・・・
またイギリスのレスキューシステムに感動しました。
個人的には一か八かで(犬についての詳細不明の状態で)すべて受け止める覚悟で直接引き出すならともかく、ワンクッションおいて引き受けることに正直躊躇していました。
純血種なら、北から南まで輸送して引き受けるのねー、引き取るなら近くで期限が迫っている子を引きとりゃいいのに、とか冷めた目で見ていたこともありました。
レスキューされ再譲渡される犬に厳格な審査があるところも多いと思いますが、このDog Trustのようなシステムが普及することを願います。
投稿: rio | 2009/02/16 03:09
John F Crossさん
コメントありがとうございます!
そして全文の掲載を!!!とっても光栄です。どうもありがとうございます。なんだかとってもこそばゆく感じながらも、文のコメントも読ませていただきました。レディもきっと嬉しがるだろうと思いました。私もとても嬉しく思いました。引き取る経緯は「関連記事」のところを読んでみてくださいね。
英国は、わりと人間より動物のほうが守られているんじゃないかと思うことが多いですよね。特に犬のことになると、人々はとても鋭く反応しますね。
本当に、緑の美しい場所で、私は特に馬や羊が放牧されている風景がたまらなく好きですね。
アイルランドはこれに更に輪をかけて、緑が多い場所です。アイルランドの風景は、コッツウォルズと似た感じがあります。
小説家の村上春樹も、エッセイの「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」で、アイルランドからイギリスのガトウィック空港に降りた時、アイルランドと比べると緑が寂しく感じたと書いています。
英国は90年代と比べると、2000年になったときから、大幅に人の意識(特に食に関して)変わったり、わりと新しい建物も増えてきました。でも未だに古いものを大事にしながら、文化を大事にしながら、あたらしいものを受け入れるという感じになりつつありますね。だから街並みとか、いつまでも同じままで、安心しますね。
rioさん
こんにちは、いつも読んでいただき、そしてコメントありがとうございます!
初めてレディを見たときの、コンクリのタタキの隅で伏せている肉のかたまりのような状態は、短い期間しかいなかったと言えども、早く出してあげたいな、と思いましたよね。
rioさんのひきとり犬はなかなか氷が解けない子だったのですね。どうやって甘えるのかもわからなかったのかな。犬の感情は、本当に果てしなく複雑ですよね。
イギリスのレスキューは、ほぼほとんどの町にそういう施設が存在することと、収容される犬の種類が様々なので、人々の願望にあった犬が見つかりやすいということや、雑種もブリードも1:1くらいの割合で居るので、やっぱりそれぞれ人々が気に入った犬が、わりと楽に見つかる、というのは利点ですよね。
また一般のイギリス人で犬を飼う人が、そこまでブリードがどうとかゴチャゴチャいわないので、それが雑種であろうと、ブリードであろうと、気の合う犬、サイズがちょうどいい犬を引き取る感じですよね。ただショーに出る人は別ですけどね。ショーに出る人たちは、その種類の犬に命をかけてしっかり育てて、やっぱりその種類の犬を何匹も連れて歩いていることがよくあります。これはこれで、しっかり犬の歴史を大事に守っているのだ、と感じますね。
東京の公園にいけば、本当にありとあらゆる品種のピカピカな犬を日本で見ることができる気がしますが、わりとイギリスは、あの犬よくみるけど、なんだかわかんない品種、みたいな、全部ひっくるめて「ああ、犬だろう」という雰囲気がします。上手く言葉で説明できなくてごめんなさい。
もちろん、家庭で一時引取りをしている、小さな団体も数多くあります。レスキューを運営するにあたって、一番大変なのは資金の問題でしょうね。もっと認知度が上がれば、募金や援助も増えるといいのですが。
dogs trustは1891年にドッグショーのクラフツに集まった、紳士淑女たちが迷い犬や捨て犬たちに、適切な治療をしてあげようという志から始まったものです。そこからすでに100年以上経っていますから、日本も間違いなくこれから、日本人の丁寧で優しい性格によって、いつか動物の倫理や福祉の先進国になるだろうと願っています。
投稿: 新木美絵 | 2009/02/17 15:50