ニホの旅立ちは突然だった。
朝の散歩の途中、それまで普通に歩いていたニホだったのに、急に足取りが乱れてその場に座り込んでしまった。
なじみの動物病院に連れていって検査してもらうと、白血球が異常な数値を示しており、心臓も肥大していた。点滴を打って様子をみるしかない、と医師にいわれ、僕はニホを病院に預けて家に帰った。
ショックがなかったといえば嘘になるけど、僕は落ち込んではいなかった。もっと早く気づいていれば、と後悔もしていなかった。これからは寝たきりのニホを介護していくんだ、と覚悟を決めていた。どうやって介護していくべきか、対策を考えて前を向いていた。
そして子供たちが学校から帰った夕方、家族全員でお見舞いに出かけた。僕らの顔を見ればきっと喜ぶだろう。そう期待していたのに、ニホは病室のケージの中で横になったまま尻尾すら振ろうともしなかった。顔を床につけたまま、上目づかいに僕らを見るだけだった。
僕らはかわるがわるニホを撫でた。「大丈夫。もう少しの辛抱だ。そのうち家に帰れるから」と励まし、最後に「また明日来るからな、ニホ」と語りかけて病室を出た。
するとスタッフの女性に呼び止められた。「ニホちゃんが起き上がりましたよ」と。
そうか、僕らが帰るとわかって寂しくなったんだな。うれしくなって病室に戻ると、立ち上がったニホはフラフラになりながら、ケージの外に出て僕らのもとへ歩んでいた。
ところがその直後、僕らのもとへたどりつく前にニホは倒れ、駆けつけた医師と看護士に抱えられて診察室に運ばれた。
医師が診察台の上で心臓マッサージを懸命に続けた。しかしニホの尻尾は診察台から力なく垂れ下がったままだった。
何分が経っただろうか。医師は「ニホちゃん、ニホちゃん」と語りかけ、心臓マッサージを続けている。でももう無理なことはわかっていた。奇跡は起きなかった。
先生、ありがとう。もういいです。そう告げようかと医師の顔を見たら、医師の目から涙がこぼれていた。その涙を見たとき、僕もこらえていた涙がこぼれ落ちた。
その日は白いガスが立ちこめる霧雨の夜だった。車にニホの亡骸を積み、僕らは無言で家路に着いた。
ニホは最後の力をふりしぼって僕らのもとへ歩み寄ってきたのだ。帰りたかったのかな。それとも僕らに別れを告げようとしたのかな。あれが最期だとわ かっていたら、僕は駆け寄って、そして僕の腕の中で眠らせてあげたのに……。「ありがとう、ニホ」って優しい声をかけて安らかに旅立たせてあげたの に……。
車のフロントガラス越しに見る外の風景は白いガスと涙でぼやけていた。
家に着くと、サンポもトッポも静かにニホを迎えた。ニホを僕の仕事部屋に運び、みんなでニホと一緒に通夜をすごした。一歩はニホに抱きついたまま動 こうとせず、そのまま寝てしまった。思えばニホは一歩の犬だった。一歩の3歳のクリスマスプレゼントに、僕が大阪から連れてきたのだ。ニホは幼少の一歩に 犬と暮らす幸せを教え、そして中学生の一歩に死の悲しみを教えた。
留守がちの僕が家にいるときに倒れ、僕らが来るまで待って、僕らの前で旅立っていったニホを誇りに思う。ニホが幸せだったのかはわからないけど、僕らはニホに出会えて本当に幸せだった。それだけは間違いない。
翌日、火葬場に向かう前にサンポとトッポはニホと最後の対面をした。サンポもトッポもニホの死を理解しているのか、ニホのまわりに寝そべってしばらくは動こうとはしなかった。その姿は家族の死を悼んでいるように思えた。
それから1週間後、僕はサンポとトッポを連れてバックパッキングの旅に出た。
かつて僕とニホは『史上最長の散歩』と題して八ヶ岳の自宅から松本まで歩き、ニホが亡くなる5ヶ月前には松本から安曇野を通って木崎湖まで歩いた。 いつか日本海まで歩いて、八ヶ岳のわが家から日本海まで、僕らの足跡を記そうと思っていた。だからその続きをサンポとトッポに受け継がせて、みんなで『史 上最長の散歩』を完結したかったのだ。
旅は連日悪天候が続いたけど、日本海に着いた日は見事に晴れた。僕は海岸を歩き、ニホに想わせる石を拾って家に持ち帰り、その石で庭にニホの墓をつくった。
あれからもう5年が経とうとしている。
ニホが亡くなってしばらくは、ニホの骨が入ったペンダントを身につけて旅に出ていたが、今は身につけたりはしない。ニホのことを忘れたわけではない けど、ニホを思い出す機会は少なくなった。時が流れるとは、そういうことなんだろう。でもニホの思い出を振り返ると、胸がしめつけられる。この1年間、当 ブログでニホの話を書いているときは、ニホに語りかけていた。「楽しい思い出ばかりだったな、ニホ」って。
サンポはすでにニホの年齢を追い越した。何年か先には、ニホのもとへ旅立ってしまうはずである。そしてその後はサンポの娘のトッポも……。
そうなったら僕は新たな犬との生活をはじめる。死ぬのが悲しいからもう犬は飼わない、などとはけっしていわない。環境が許す限りは、犬との暮らしを 続けていく。そしてこれまでと変わらずに犬連れバックパッキングの旅を続けて行くつもりだ。ニホ亡きあと、サンポやトッポと旅を続けてきたように。
それが自分と一緒に人生を過ごした犬たちへの供養であり、愛情だと信じている。
犬連れバックパッカーの旅はけっして終わらない。

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シェルパ斉藤による『犬連れバックパッカー』は今回で最後となります。一年間どうもありがとうございました。
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